2011年5月19日木曜日

『120センチの視線から』中村勝雄

ある人々との出会い②  いつの日か、彼の歌が  … 【長井 賢】

その朝の事は一生忘れない。心の中の部品が一つなくなってしまったような、それまでに経験のない悲しみだった。親友を不慮の事故で無くした時の衝撃は、とても大きかった。
今から三年前の初夏。彼は同乗していた車の交通事故で逝った。享年29の若さだった。とにかく信じられなかった。
彼、長井 賢(さとし)と出会ったのは十年近く前の事だ。どう知り合ったのか説明すると複雑になるが、うちと長井のおばあちゃんとは長く近所付き合いをしていた。
 大学を卒業したばかりの長井は、ミュージシャンを目指して奮闘していた。
ぼくも作家になろうとしている事を知り、いつの間にか年の差を越えて真夜中まで話すようになった。
「かっちゃんの文章って、なんか心に入ってくるし読みやすいよね」
「でも、音楽の方がすごいって。この世界中の人々に聴いてもらえるじゃん。おれの書いたモノなんか、万が一出版されたって、たかがこの国の1億人しか読めないんだぜ」
「そうか」
「それに比べて長井がやってる音楽は、世界の誰でも感動される可能性はおおいにあるだろう。ジェラシー感じるよ」
 缶ビールを飲みながら、お互いの夢への情熱を語り合った。
何度か、長井のライブも聴きに行った。そして新曲ができると、ギターを手にして長井はぼくに披露してくれた。
「かっちゃん。おれの曲を聴いた人が、だれか一人でもいいから元気になってくれたら、おれは嬉しいんだ」
彼の訃報を聴いた瞬間、何度も言っていたその言葉が聞こえて来た。
昨年、長井が残したテープを元に、ご両親がCDアルバムを作られた。そこには、在りし日の長井の歌声がある。ぼくは元気がなくなると、そのCDを聴く。

どの曲も、長井らしいポップな歌声がつまっている。多くの人々に聴いてもらえない事が残念でならない。
だけど、ぼくは信じてる。
いつの日か、だれかの手でこの素敵な曲たちが、世界中の多くの人々に聴かれるようになり、みんなが元気になっていく日が来る事を。
2003/12/6 東京新聞より

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