ーなんとかなるさ。
全日空の地上職員に車イスを押されて関税を通り、かなり長い距離を進むと飛行機が見えた。もう外はまっ暗で、大きな機体の全部は見えなかった。
「それでは、こちらで搭乗時間までお待ち下さい。また参りますので」
「はい、ありがとうございました」
今までになくドキドキしていた。自分で食事すら摂れないのに、なぜ遠くハワイまで旅するのか?いろんな考えが入り混じっての計画だったが、その根っこの所では、よく自分でも判らなかった。それでも、もう後戻りは出来ない。
搭乗開始の時間を計算してトイレを済ませて戻ると、ほかの客よりも先に機内へと誘導された。男性の地上職員が二人がかりで座席に移してくれた。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
すると客室乗務員の一人が、横にしゃがみ込んだ。
「何かお手伝いすることがありましたら遠慮なく、おっしゃって下さい。出来るかぎりのお手伝いをさせていただきますので」
「いつも御迷惑かけてすみません」
「でも、すごいですね。何だか尊敬します」
「はぁ」
なにを尊敬されているのか判らなかったが、ぼくには確かに普通とは違う強い雰囲気があるのだろう。そのスッチーの胸には「棚橋 T.TANAHASHI」とあった。
とりあえずシートベルトをきつく締めてもらった。そして飛行機は、夜の成田空港を離陸した。
ーおれって全日空では有名人なのか?
確かに香港の時も今回も、さんざん問い合わせもし車イスであることの念押しもした。それにしても、たかが車イスの客に過ぎない。そして機内食が配られると香港の時と同じく、周囲の男性客たちの嫉妬の眼差しを浴びつつ、談笑しながら棚橋さんの介助で全部を食べた。嫌いな野菜も残すことなどしなかった。その上、名刺までもらった。
ーどうして、こんなにラッキーなんだよ?
今までに経験のない長い飛行時間だった。折りたたんでいる足はしびれを通り越し感覚がなくなっていた。何時の間にか眠り、ふと目が覚めた時。
ーそっか。
ぼんやりと何かが判ったような気がした。うまく答えはつかめないが、何となく今まで解けなかった謎の正体が、おぼろげに見えていた。
「パラダイスウォーカー」
小学館出版 より
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